Living in Germany

ドイツ人と国際結婚。夫&娘とドイツ暮らしです。

 

 

 

 

☆我が家の日本語教育2.0

 

ずいぶんと久々の投稿になりました。

 

仕事では2024年4月に異動になり、目まぐるしく忙しい部署となりましたが上司や同僚に恵まれて楽しくやっています。あまりに忙しかったので時短の勤務時間を伸ばしたりと、仕事の時間も増えました。

 

娘は10歳になり、6歳の時から始めたダンスに没頭しており昨シーズンは欧州大会にまで出場するに至りました。

 

さてそんな中、娘の日本語教育についても変化の時期を迎えました。

 

某補習校の面接に落ちた2年間、未就学時期の間は少人数の日本語クラスで2年間お世話になり、ようやく3度目のトライで合格した1年生のタイミングで入学を辞退し、選んだのは違う補習校でした。

 

結果としてとても良い補習校に行くことが出来、娘もたくさんのお友達と共に勉強し、そして私も保護者の方たちとの出会いに充実した補習校生活を送っておりましたが、冒頭に書いたダンスの大会スケジュールがあまりにも大変で補習校に通うことが物理的に難しくなりました。

 

サッカーやその他スポーツなど、やりたいことで補習校と天秤にかけなければいけないこともあるかと思います、その時に補習校を選んだ家庭も見てきました。

 

私たちとしては娘が心からやりたいと思ったダンスに出会え、必死に練習している姿を見てそこでダンスを選ばないという選択肢には至らず、補習校をあきらめることになりました。

 

ですが、日本語教育は続けたいし本人もその意欲があったのでオンラインの補習校にて継続して学習を始めたのが4年生の春。

 

オンラインで欧州やアフリカに住む生徒が集まって週2回、平日夜の授業。ダンスの練習から戻ってちょっとご飯食べてオンライン授業。こちらも相変わらず大変でした。宿題ばっかりやってた気がします。オンラインだから印刷物も多くて、準備も大変。

 

オンライン授業は年齢的にも成長した子たちだからということもあり、雑談もなく生徒同士の繋がりが薄く、あまり発言をする機会もなく、先生は本当に熱心な方だったのですが補習校の頃のような楽しさはあまりなかった様子。それでも6年生まではしっかりやろう!と心に決めて頑張っていたところ、ダンスの練習時間が変わり、このオンライン授業にも参加が出来なくなりました。

 

日本語での会話はわからない単語もたくさんあるしドイツ語の単語も混じりつつもしっかり話しているし、10年間私も日本語での会話を貫き通し、私との会話は必ず日本語になっている。日本に帰れば私の家族やお友達と日本語で話して遊んでるし日常の会話には困らない。漢字の書き方も書き順も大切なのはわかるけれど、そこに時間をかけるよりもっとほかのことに時間をかけたほうがいいのでは?とも思っていました。

 

特に4年生で出てくる都道府県。栃木の「栃」、愛媛の「媛」、岐阜の「阜」とか、他にどこで見るかわからない漢字を書いて覚えて・・・ってのもなんか違うのではないか、とか(もちろん覚えられるに越したことはないけれど、そんなレベルではない・・・)、なんか違うなと思うことが増えてきた。

 

そして先日、仕事から遅く帰った私に、先に寝た娘からの置き手紙がありました。

 

 

誤字も脱字も多いけれど、ここまで書けるようになった。

 

この手紙を見て、しっかり頑張ったな、ここまでよくやってきた!と思えたんですよね。もちろん4年生相当の日本語力も漢字力もついてない。ひらがなすら間違ってる(笑)。だけどなんかこの手紙がひとつのきっかけになりました。

 

本当はオンライン補習校に相談して他の時間に変えてもらったり、個人レッスンに変更しようかなと思っていたものの、一旦ここでずーっと外注してきた日本語教育は終えることにしました。

 

現地校も進学しテストも増えたり、ダンスも変わらず練習や大会に大忙し、ここで少し日本語との向き合い方を変えてみようかな、と。

 

今のところは当面「母親先生」ということで私が付き添って続けたいなと思いますが、学年相当の学力や漢字などは意識せず、日常会話やこれからの時代を意識して(書く、読むというのは今ですらAIでここまでできるのだから、それを使いこなせる部分は使って)、やはり「会話力」「コミュニケーション」に力を置ければと思っています。

 

他のお子さんを見ていると、日本語の本を読む子もいるし、漢字をたくさん覚えている子もいる、だけどそこで比べても意味はないし、娘に大切なことは何なんだろう?と、その時その時考えながら取り組んで行ければな、と思っています。

 

目指すは「私のドイツ語力と同じレベルの日本語力」かな(笑)

 

とりあえず生きていけるし、コミュニケーションも取れる。そこまで不便は感じないけれど難しい話は無理、みたいな。そういうレベルに娘が達してくれたらいいな、と。

 

この夏から進学した学校で自己紹介の機会があり、入学して少したってから「みんなにはまだ話したことのないテーマで2回目の自己紹介」があったそう。そこで娘は「私はドイツ人だけど日本人でもあります」って言ったらしく、みんながびっくりしてたとか。そういうところで言ってくれたのは私も嬉しかったです。

 

今はアニメ、漫画などで「日本」がすごくここドイツにも浸透しているし、日本旅行ブームで回りに日本に行った人も多い、日本語のTシャツとかもよく見るしとにかく日本の何かが身近にある感じ。娘も学校で日本について質問されたりするみたいで、それが嫌なのかなと思ったけれど「私は日本のすべてを知ってるわけじゃないの!」って言い返したよ、と楽しそうに報告してくれました。

 

「補習校時代、子どもと喧嘩しながら宿題をしたわよ!」という話は山ほど聞いたし、そしてその子供たちがみんな大人になってから「日本語を学ばせてもらって良かった」と言っていることも同じぐらいよく聞く。きっと本当にそうなのかもしれないけれど、そこに直面しているときは、そんな将来のことまで気にするより、今週の宿題を終えることに必死、みたいな。

 

私が娘に「日本語ができるようになってほしい」って思うことが、私のエゴなのではないかと思ってるって話を人生の大先輩にした時に(彼女も同じようにバイリンガル教育に苦労し、息子さんは今30代で日本と欧州を行き来して働いておられる)、

 

「日本語はあなたがあなたの娘に残してあげられる財産よ、周りの人がそれを欲しいと思っても手に入るものではないんだから、彼女が生まれもって受け継ぐことが出来る彼女の最高の財産、ほかの誰もあげることはできないのよ、だからたーっぷり財産を残してあげなさい」

 

と言われたことがあります。あの時のあの言葉にも本当に救われました。

 

同じような苦労をしている仲間たちがいるからここまでやってこれたのもあるし、うちはほかのご家庭に比べたら日本語教育を外注しただけで家では宿題のサポートぐらい(まあそれが大変なんだけど...)力もそこまで入れてない。読み聞かせも幼いころにしかしていないし。

 

ただただ日本語で話すことを徹底したことと、そして少しでも多く日本に行く機会を作ってきたこと、生きた日本語に触れる機会を作ってきたこと、日本で生活することが旅行という特別なものではなくドイツの次に自分の国だというような気持で「帰って」欲しい。「行く場所」ではなく「帰る場所」になってほしいなって思ってます。

 

日本語って「正しい日本語」と「自然な日本語」の差がすごくある言語だなと感じています。正しいけど不自然、みたいなのもよくあるし、書き言葉と話す言葉がかなり違う。私たちの日常会話では「あなた」だの「わたし」だの主語がほとんど欠けているし、「言わない」こともまた日本語だったりする。それって「外国語として学ぶ」のと「育ってきた言葉」の違いじゃないのかなと。

 

言語って本当に難しい。言葉だけでは補えない「文化」「慣習」「雰囲気」などそういうものを自然に身に着けてもらえるようなそんな環境にできたらな、と思うんですけどね。まあ、そんな簡単なことではないですけど。

 

この10年間、生きた日本語で娘に接してくれる私の家族や友人知人たち、そしてドイツで娘に日本語で接してくれる友人たち、日本人の皆さん、娘の日本語教育に携わってくれた先生方、学校のお友達、ほんとにたくさんの人のおかげで頑張ってこれました。

 

10年一区切り、という感じでまた新しい日本語のステージをこれから始めようと思います。題して「我が家の日本語教育2.0」(笑)

 

これからは反抗期などで簡単には行かないかもしれないけれど、なるべく細く長くを目標に。

 

同じ境遇の皆さん、頑張りましょ!